Nao君とSayakaさんは、同じ中学校の先輩、後輩で出会いました。
どうやらSayakaさんは、優しいNao君をとても気にいったようです。
登下校時、お話をするようになって親しくなりました。
Nao君は、エンゼル保育園の卒園児でお家が、近くにあり、いつもニコニコ笑顔の優しいお子さんでした。
二人の交際は、中学校の先輩、後輩で出会い、ライン交換から始まり、二年の付き合いになりました。Nao君の職業は学校を卒業後、桜クレパス株式会社に軽度B1知的障がい者雇用者枠で就職しましたが、現在では、20年間に及ぶ歳月の職業実績を積んでいます。給与面でも実績職員と変りません。






Sayakaさんも知的障がい者、B2の診断をされていますが、キリン堂全国的に薬局を展開されているが、草むしり等の軽便な清掃業も営み、障がい者雇用枠で地方への出動は会社の車にて送迎を受けて従事していましす。
二人の日常生活の交際が1年を過ぎた頃、Nao君のママは東大阪の菱江の駅前ロイヤルホストにNao君とSayakaさんを呼びだし食事をしながら悦ちゃんママが切り出しました。
「ねえ、Nao君とSayakaちゃん二人で一緒に住まない?」
「Nao君と一緒に住みたい!」
Sayakaさんは即座にきっぱり言ったそうです。
二人に同棲から暮らし始めてはどうかなって勧めたそうです。(まあ!なんと太っ腹な悦ちゃんママ! ?) Nao君のママは二人の息子を授かりましたが、女の子に恵まれなかったのでSayakaさんと出逢えたことがとても嬉しかったそうです。SayakaさんもNao君のママをえっちゃん本名悦子さんなので悦ちゃんママと呼び、実の親のように慕っているそうです。
Nao君のママは、一生懸命、二人で生活できる場所を探し、3室にキッチンのある生活場所を用意したそうです。
それは、Nao君とSayakaさんの生活が誰にも依存しないで生活できる範囲を考えた悦ちゃんママの心づかいでした。「Naoクンは家具、電化製品、住宅の家賃の全てを仕事してきたお金を悦ちゃんママに預金をして来たのです」
身体健全な二人であっても生活をすることは、厳しい時代です。
悦ちゃんママは所帯道具等マンション借りいれ、生活全般の用意はNao君の預金の全てで用意できたそうです。Sayakaさんは自分で貿った物はテレビを乗せる2000円の台車だけだったと悦ちゃんママは複雑な表情を浮かべて漏らしていましたが…Nao君とSayakaさんの深い愛の育みを信じ真剣で真面目な二人を同棲させて生活が始まると、悦ちゃんママはSayakaさんに学研出版社が出している、学研2年~3年のブックを買い与え漢字の練習、ひらがなもスマホのなかでとても整った言葉を習得できるようにしました。その文字は、プログの中でも紹介しますね。お料理の経験のないSayakaさんは毎日することは難しいので外出して食事する日を決めて、自宅でお料理する日も決めました。
お正月とお盆には温泉にいく。
お正月は。蛸さん、だし巻き、コーンクリームシチューを作りSayakaさんは3回5000円を包みNao君のお父様にプレゼントしてくれました。
二人の夫婦として生活が順調に進み始め、Nao君のママは、喜びが増しました。Sayakaさんのお家から結婚祝いとして6万円贈られてきました。
二人の愛らしい生活する姿をみて悦ちゃんママは二人の結婚式を上げさせることを考えると胸がときめきました。
2020年6月27日(土)ベルクラッシックで結婚式を挙げました。
ガラス窓の広々としたパックヤードから差し込む光は、二人を祝福する暖かな喜びが満ちて厳かな空気は緊張をはらみ悦ちゃんママは涙が一粒落ちたように想いました。
Corona禍の中でお客様をお呼び出来なかったのですが、私が、主賓という名目を頂き、結婚式にお祝いの言葉を述べさせていただきました。






エンゼル保育園を卒園された青年の結婚式を挙げるために招かれると言う心躍る喜びに満ちた日、私はとても大きく深い喜びを味あわせて頂きました。
Nao君の同僚の方でしょうか。皆さんのお祝いの言葉を録画で送ってくださいました。Sayakaさんの友人もお二人いらしていただきました。
ベルクラッシックの広く美しいお庭でお写真を何枚も撮らせていただき柔らかで和やかな一日を忘れることが出来ません。
2022年8月温泉に行った思い出、夫婦三人で2回旅行に行った思い出はNao君、Sayakaさんには忘れることはないでしょう。
9月20日、日曜の振替日10時にSayakaさんの病死を知らされた私は、あまりの驚きと悲しみに我を忘れて泣き叫びました。言葉にならない。
二人への思いに、私は、耐えがたい悲しみと憤りが溢れます。Nao君のママと抱き合って泣き崩れました。
Nao君とSayakaさんの結婚生活は、1年と3カ月です。
私は、NaoくんとSayakaさんのベルクラシックの結婚写真ブックを幾度眺めたことでしょう。気持ちが落ち込むとき、二人の結婚式を喜ぶ姿を見ると心が和み私は元気になれました。だのに私は、幾度もみた二人の結婚式ブックを文章に乗せるために探しても探しでも出てこないのです。大切過ぎて何処へしまったのでしょうか。見つからないのです。手持ちのNaoくんの写真をいれましたが。
残念です。
Sayakaさんのお母様はSayakaさんが亡くなった10ヶ月後、後を追うように他界されたとお聞きしました。Sayakaさんが実家へ帰るたびに悦ちゃんママへのお土産としてお菓子を袋いっぱいに詰め込み持たすのは悦ちゃんママが、介護の仕事をされている同僚の幼いお子さんへのお土産を持たしてくれるのです。
Nao君とSayakaさんの優しいLove Storyを皆さんに知ってほしいと願いました。現代社会では真実の愛を見つけられなくて多くの若者が、生きる道に迷っていることが悔しいのです。自分の生きる道筋に自信をもって見つけて欲しいのです。真実の愛情を見つけて生きて欲しいのです。
Nao君は今も、Sayakaさんの処に自転車に乗り行き話しかけます。
「Sayaka! 君は本当に優しい人だったね。」その言葉は悦ちゃんママに今でも何ども伝えるそうです。rSayakaはやさしかったね」





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