東大阪市近鉄沿線瓢箪山、瓢箪山駅を降りて東西南北に様々な店舗が並び私が住みなれた愛しい商店街の中に並ぶ小さな洋服店があります。洋服好きで難波デザイナー学院を卒業後、浪速短期大学学長文学博士深田尚彦(11002卒業)卒業証書も頂いております、勿論受験して入学いたしました、(浪速短期大学は後に大阪芸術大字の名称に変更されています)私が、洋服好きなのは生まれ育った影響だと思いますが、母は裕福な家に生まれお洒落好きで特に祝事葬祭事には洋服へのこだわりが強くそのたびにデザイン、マテリアルに拘りました。
中学3年生の頃でしょうか。お正月の準備に忙しかった母が、私に上本町にある近鉄百貨店上六にお金を持たせてお正月に着用する洋服を選んで、買って来なさいと言った事があります。かなりの金額だったと思いますが、私は、心躍らせながら洋服を買いに行きました。
買ってきた洋服は、茶系の色合いに金色の糸が混じったスカート丈の長いフレアースカートのワンピースでした。母が気に入るか心配でしたが、外国のお姫織の様な雰囲気のある洋服を母は、とても喜んでくれました。母はきっとその洋服を自分も着てみたい思いがあったのでしょうか。その時のニコニコ顔を今でもふと浮かびます。
ところが、私の洋服好きは保育園理事長・園長時代には、無理になりました。私の職責が私への疑問を増幅されたのは、マンション住いの私へのバッシングが広がり始めたのです。
金持ちで洋服を多く持っていると言うことが、マンション内で広がり贅沢をしているとことを保育園経営に相応しくないと言う非難の的になりました。それは職場の一人が耐えがたい誹訪中傷を広がらせ私はマンションを出て三重県にマンションを借りざるを得なくなりました。銀行関係の女性が言ってくれたのは(園長先生だから外出が多くて他の園長先生方と会議とのお付き合いがあるから、洋服に気を配るのは当たり前です)と言ってくださった言葉は今でも心が和みます。
しかし、私は職業的にこういう事でも非難の的になるのだなと自戒致しました。其れからでしょうか、洋服を見ても手に入れようと思わなくなったのですが、現実的にはお金に余俗がないのも事実です。洋服を買わなくなって15年くらいかな、若い時から持っている洋服で今は間に合うようになったのです。
何故なら二つの住いの負担が大きくなりました。そこには、統一教会の勧誘が、私の三重県のマンションにもあらわれ始め、それは東大阪に帰りはじめてもなお一度は生駒のヘアサロンの帰りに女性が付きまとい始め、統一教会への勧誘はマンション内の住民の一人も統一教会員と思われる女性が、買い物の行き帰りにも待ち伏せのように始めたことに気づきました。一度は、電車の待っているところに背の高い黄色のジャンパーを着ている男性を私の近くに寄せ顔を確かめさせられていることもありました。
洋服に関心がなくなってずいぶん長くなりましたが、それは私の感性に比合う洋服に出会わなくなったのも大きいですね。
だのに一週間前です。瓢箪山の通りの小さな洋服店前に10着ほどのセーターがつるされていたのです。私の眼に深い緑色のセーターに左右の袖にレースで縁取りされた体にぴったり添うようなとてもエレガントなセーターのお値段はなんと2000円です
私は、最近、洋服を購入したことはないのに足が立ち止まりました。
今は2000円ぐらいでも買っても誰にも何も言われることはないだろうと思いながらでも一瞬ためらったのは何故でしょう。
明日まだ残っていたら明日決めようって思ったのです。そして次の日に行きました。まだ残っていたのです。胸がはずみました。私は、本当にこのセーターを気に入ったのです。
何故こんなに素敵なセーターを2000円でも買えない人が、いるのかなって考えた時、私は、日本の生活状態が、高市首相の中国に対する言動が、日本国民の生活を脅かしている現代在状況を改めて思い浮かびあがったのです。勿論、2000円ぐらい何ともない人はいるでしょう。値段が安いからってデザインを気に入る方はいないと思いますが、とても気に入りました。
私は、こんなにも深い色の緑を見たことがありません。絵画を親しんできた私はこのように深く美しい緑の染色をできるなんて中国ってすごいなって考えてしまいました。
私たちは隣国である朝鮮、韓国、日本、中国、台湾、風景、習慣、農耕民族でもあり人々の容貌は西洋人とは全くちがう、似通ったものが、多い。互いに理解しやすいものは多いはずなのに何故こんなにも距離の近い隣国同士が、争う必要があるのでしょう。戦争の経験を持ち今なお差別と人権意識の欠如にて辛い思いを断ち切れないのか私は辛い感覚を抜きれないのはなぜでしょう。
現在の日本国民は毎日の食べる事さえ厳しい毎日です。政治家はわかっていらっしゃいますか。あなた方は生活費に困らないから国民の毎日が見えないのではありませんか?国民の生活実態を知るために各々の家庭生活実態を理解するべきだと私は強く思います。
中国の経済封鎖の種類が増え始め自転車操業で店を維持している厳しい現実は瓢箪山の商店街も活気がなく店を閉めて撤退している店舗が増えています。
日本国民は心優しくおとなしいから国を自分たちが、我慢して支えるのだと、耐えればいいのだと思っているのでしょうか。
私の大好きな食堂、レストラン日時の出店、時短の工夫にて縮小して工夫されざるをえない厳しい経営が続いています。愛しい瓢箪山の商店街も活気がなく店じまいが増えています。
この状態は日本の街に増加しているのでしょうか?
三日ほど前に電車の飛び込み自殺報道が他の沿線であり瓢箪山の電車到着が遅れると瓢箪山駅のプラットホームに流れました。
胸が痛みます。









































