若い父親の大きく真っ白なタオル

 近鉄生駒での用は思いの外、早く終わったのでスケジュールの変更を考えた。
ひとまず昼食を近鉄上本町百貨店12階の「つきひ亭」にて済ませて永和図書館で北朝鮮に拉致された経験のある蓮池透氏の「再び半島へ」の続きを読むために時間を使おうと考えた。

 近鉄生駒駅から急行に乗り上本町に直行したが、日曜日なのに人出は多くなく電車も混んでいない。corona禍だが、4回目のワクチン接種を受けているせいか、日曜日に出かける私の気持ちに余裕がある。

「つきひ亭」につくと一望を見渡せるカウンター席に案内された。
子どもの頃、母は父と揉めた日は寂しいのか、腹立ちを抑える為なのか、私をよそ行きの洋服に着替えさせて近鉄百貨店12階のレストランに連れられてきた思い出が蘇る。

 当時、百貨店12階のレストランは高級感のある雰囲気を漂わせていた。
今は、大きく切り取られた窓際には、木で拵えられたカウンター席が並び上本町の殺風景なビル街が見渡せる。

 ご飯の上に甘さのある味付けのローストビーフが乗っかって、鮮やかなグリーンのアボガドをにぐるりと切り込みを入れてその上には新鮮な生卵がどろりと取り巻く。

 付け合わせはサラダを敷いた上にコロッケが二つ並ぶ。デザートは小さな栗のケーキに赤ブドウジュースのセットで2,160円を支払う。昼食にこの勘定を支払う日は夜の食事を抜くかあり合わせで簡単に済ます。

 最近では私を覚えてくれるようになったウエートレスさんは「またおいでくださいね」と暖かい言葉かけをしてくれる。

 電車に乗る前に近鉄上本町駅のトイレに入るのが決まりだ。
私は、このトイレが安心なのは掃除が行き届き清潔感があるからだ。
お掃除してくれる清掃員に出会うこともある。私は、必ず掃除される方にお礼を言うことも忘れない。
ところが、今日は思いがけなく赤いお洋服を着た瞳がくるりと大きな4歳ぐらいの可愛い女の子と出会った。 周りを見ると母親らしい姿は見えない。「一人でお手洗い大丈夫?」と聞くと「だいじょうぶ」と言うが気になって待つことにした。
待っていたが遅いので心配になり、ノックをすると女の子はタイミング良く出てきた。
女の子は、洗面所の前に立ち水道の栓をひねり指のひとつひとつを丁寧に洗い、石鹸の出るほうも押して洗い終わり、おせっかいおばさんが、ハンカチを出すと「お父さんがあっちで待っているの」と手の水しぶきを振りながら駆けていく。
白いシャツにベージュのパンツをはいた若い父親が真っ白な大きなタオルを広げて待っていた。

 女性用のトイレに入れない若い父親の幼い娘への愛情としつけの行き届いた子育てを垣間見たようで胸が熱くなった。

 父と子を見送る私を父親は見向きもしなかったが、女の子は何度も振り返りながら私を見つめ近鉄西大寺行き乗り場方面のエスカレータを降りていく赤と紅のまじりあった落ち着いたあかの洋服を着せた若い親のセンスとしっかり者の女の子と出会えた今日は素敵な一日になった。

2022年10月8日  吉田公恵

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